2013年02月28日

あの有名なゲームの人の事で思った事を書いておこう

8日程前、有名なゲーム製作者の方が亡くなった、
その時の世の中というかまあ知りうる範囲の反応を見ると、

「彼のゲームあそんだ事はないけど」
「ゲームデザインの考え方共感出来ないけど」
「いっこも面白いとおもったことないけど」

「ご冥福をおいのりします」

という発言の多いこと多いこと、何だろうこれ…
無くなった人に…、

いや、誰かの批判をしている訳では無く自戒の意味も込めて
書いて置こうと思ったんですよ、正直自分もですね
、一本だけしか遊んだ事が無いけどって書きそうになったんです
Twitterで…

この心理って何だろうと何か違和感を感じてですね、
いや一般の人が言う分には何も問題ないんですよ、
1ユーザーとしての発言は問題無い、そうではなくて

同じゲーム開発者が発言している場合の何かこう、
端的に言ってしまえば、懐が狭いな…って事が気になったんです、
とどのつまりは嫉妬感じゃなかろうか?って事なんです

普通、いきなり若く会社起こして、ゲーム作ってあそこまで売ったり
メジャーになったり、本出したりあんな勢いで出来ないですよ
そうとう飛んでも無いんですよw
企画の人やプロデューサであんな存在感のあるゲーム出した人
何人いるかって考えてみると良いと思うんです。
殆どの人(自分もふくめて)それなりの有名作品にも関わったでしょうけど
その人を知る世の中どれくらいいるのだろうかと、

あんな風になれるのって相当特殊なんですよ

にも関わらず彼を認めたく無い人たちの多くは、どう見てるかと言うと
古くは90年代頃の某ハイパーメディアクリエイターの作ったなんちゃってなゲームとか
アイドルだけどゲーム社長になりましたとか、まるちメディアゲームとか、

何というかきな臭いゲームやクリエイターが多発した時代で、しかも挙って、
たいした実力も無いくせにメディア進出をしていた事が何かこう
変な反感を買ってるんじゃ無いでしょうかね?

あ、もちろんさっき書いた通り無くなった彼が実力が無いと言いたい訳では無くいです、
非常に優れた人だと思います、

ただそういう感じで当時見た過初者人が多いんじゃないのかなぁと言う話です

そう言うような感じを、若い時は確かに受け入れられなかったんですが、
今思うとですね、ああ言うのが一般にリーチしてた訳ですよ
間口が広い方が、敷居が低い方が入りやすいのですね

事実とんでも無い売れ方をして、奇抜な発想もいれつつね、
ああいう人が居たことで活性化するし、面白かったなぁと
その存在とゲームが話のネタになるような、そういうの
が凄かったと思うんです。

新しい事や変わったをすれば批判は当然あったり、
今までの引き出しで評価出来ない人が
出てくるのは当然で、
でもそういう新しい事変な事する人が出てくると言う事は、
業界としてまだ健全ですね

なので、最近はゲームはこう言うのじゃないと駄目とか
こうあるべきと言うのは自分の方法論というだけに思って

とんでもゲームが出る方が良いんじゃないかって思ってます、

「こうあるべきって」「こういうのが良い」って開発者が固め過ぎては駄目なんじゃ無いかなと
それは既にあるものなので。。

そもそも初期のゲーム業界はあり得ないゲームばっかりで、
驚きがあって良かった気がする

MMORPGに例えるとですね、ゲーム内のコミュニティーが発達してきて
遊び方の暗黙のルールが出来て、良くなって来た筈なのに何かこう閉塞感が漂ってきたみたいな気分を
業界に感じるんですな、

みなそれぞれ俺ルールの俺ゲームで、無茶してクリエイター名乗って
若者が出てこれる世界は、ニコニコ動画とか、そういう場があるけれど、

ゲーム業界も中々捨てたもんじゃないので、是非わかいとんでもクリエイター
出てきて欲しいです、閉塞間のある会社につかなくていいんです、iOSとかで作れば
いいじゃない、いきなり企業していいし、失敗してもたいした事ないですよ、
倒産程度何度でもしていいし、叩かれたり炎上したって良いじゃないw

本来何やっても面白ければ良い世界だったのを、ちょっと忘れがちなので
あの有名なゲーム製作者の事でふと思ったので自分のメモ代わりに書いてみました。


任天堂ダイレクトと、PS4発表のタイミングで彼がニュースを持って行った感が
あって、何というか彼の最後のゲームデザインの仕掛けみたいだ

無くなったゲーム製作社の方のご冥福をお祈りいたします。












posted by らっく at 07:34| Comment(0) | 日記